2008年05月04日
アシカも兜をかぶっる!!
こう言う、アングル非常に好いです。
サンシャインの水族館だそうですが、私が学生だった時、親と一緒に
サンシャインの昆虫・生物展を見に行ったことを思い出します。
タランチュラやウーパールパー?などみました。(なぜか知らんけどこう言う生物をかち合うのか)
でもあのサンシャインの展望までの高速エレベータが辛かった。
耳が遠くなっていくのが何とも不思議と言うか。
でもその当時は、ビルの中では一番高かったけど。
今は、どこが一番高いんだろうね?
2008年05月01日
高齢の鬼畜道
鬼畜と言うに適合する語句に相応しい事件である。
しかし、この事件の犯人は実の父親であった。ってことは、近親相姦となる。
まるでアダルトの世界をそのまま実現させたのだから。
でも良く奇形児が生まれなかったと思う。
今後のご子息の将来が心配です。
2008年04月30日
人に役立つための動物実験は良い?悪い?
臨床実験では、普通白い毛並みのマウスをつかいますが。なぜなんでしょうか。リスに避妊薬を投与すとは。
果たしてリスで、人間の避妊の効果がデータとして役に立つのだろうか。
マウスの場合、は実験上において、人の内臓の役割が非常に似ているために、マウスさんは今日も頑張ってくれているのですが。
もしやるなたら豚など、比較的、規模的に人に近い動物を人工的に作れば好いのではないのでしょうか。
自然に反してしまいますがね。
でも日本のいいところは食肉用の牛の供養塔が有ると言うこです。殺生という仏教用語にもあるように、生あるものを食すことへの感謝を忘れない事です。
また、人に役立つ為に頑張っている動物も、感謝しなければ、こうして安全な新薬として、安全な製品として出来ないのですから。
2008年04月25日
「おいら」から「拙者」へ
「おいら」を使っているブログが意外にも多い。
そこで私は「拙者」を選んだ。
理由は至って簡単。
大河ドラマや時代劇を昔から見ていたのでこれに決めた次第です。
もしも、それが駄目な時は自分の呼び名を用意しているのは約20種類ある訳です。
ほんの一例ですがこれだけあります。
おいどん・おり・あちき・あたい・わら・余(よ)・俺・わい・あたし・僕・おで・わて・小生・麻呂・おれっち・自分・俺様・我輩・ぼくちん・ミー・おら・ワシ
が上げられよう。
あとはその方の好み次第です。
自分を表現するのを少々変えてみては如何かな?
そこで私は「拙者」を選んだ。
理由は至って簡単。
大河ドラマや時代劇を昔から見ていたのでこれに決めた次第です。
もしも、それが駄目な時は自分の呼び名を用意しているのは約20種類ある訳です。
ほんの一例ですがこれだけあります。
おいどん・おり・あちき・あたい・わら・余(よ)・俺・わい・あたし・僕・おで・わて・小生・麻呂・おれっち・自分・俺様・我輩・ぼくちん・ミー・おら・ワシ
が上げられよう。
あとはその方の好み次第です。
自分を表現するのを少々変えてみては如何かな?
2008年04月12日
最近の関心事
私の住んでいるところは同じ首都圏なの筈なのに、雉鳥や鶯がでるほど長閑です。
家の前には田畑が広がっています。
そう言えば今日も地震雲が東西方向に見えていましたので2日位で普通規模の地震があるでしょう。
とにかくこの近辺では最近はなきですが、2年ほど前の夏にはテレビのニュースでながれてました。しかも死体遺棄事件で。
何事かと思ったくらい騒がしい1日だった記憶があります。
この事件は犯人が見付かり逮捕されていますが、何であんな所に捨てるかね。っと思っていたのですが、実はこれって案外あってるのかもしれません。
そもそも私の住んでいる所は合戦場だったらしく地中深く掘ると仏さんだ出るくらいの人が死んだそうです。まだ見付かっていない仏さんも多く、それを考える死者が死者を呼ぶのではないでしょうか。
ここは地元の人でも数百年続く旧家が多いので、お隣さんには奉納したくてもできない日本刀や槍が飾られています。
私の敷地にも侍が眠っているそうで。その性でしょうか生首だの潰れた遺体だの見ても気持ち悪くならないのは。でも人間生まれればあとは死あるのみですが、その人生を明るく元気に遅れればこれ以上はないでしょう。
所詮戦国時代はあちこちで戦があったし太平洋戦争でも死者が出てるのだから、因縁のない場所は全くと言ってないと思います。
又、この住いの周辺では明治初頭に行った開拓が行われ順番が地名になっています。
初富・二和・三咲・豊四季・五香・六実・七里・八街・九栄・十倉・十余一・十余二・十余三と郷土史にあります。
また私の市北部では公爵家の名前から「たなか」と呼ばれいる所もあります。
有名人:サンプラザ中野ですよ。
宗教学的ヒント:東方センヨウの地です。
家の前には田畑が広がっています。
そう言えば今日も地震雲が東西方向に見えていましたので2日位で普通規模の地震があるでしょう。
とにかくこの近辺では最近はなきですが、2年ほど前の夏にはテレビのニュースでながれてました。しかも死体遺棄事件で。
何事かと思ったくらい騒がしい1日だった記憶があります。
この事件は犯人が見付かり逮捕されていますが、何であんな所に捨てるかね。っと思っていたのですが、実はこれって案外あってるのかもしれません。
そもそも私の住んでいる所は合戦場だったらしく地中深く掘ると仏さんだ出るくらいの人が死んだそうです。まだ見付かっていない仏さんも多く、それを考える死者が死者を呼ぶのではないでしょうか。
ここは地元の人でも数百年続く旧家が多いので、お隣さんには奉納したくてもできない日本刀や槍が飾られています。
私の敷地にも侍が眠っているそうで。その性でしょうか生首だの潰れた遺体だの見ても気持ち悪くならないのは。でも人間生まれればあとは死あるのみですが、その人生を明るく元気に遅れればこれ以上はないでしょう。
所詮戦国時代はあちこちで戦があったし太平洋戦争でも死者が出てるのだから、因縁のない場所は全くと言ってないと思います。
又、この住いの周辺では明治初頭に行った開拓が行われ順番が地名になっています。
初富・二和・三咲・豊四季・五香・六実・七里・八街・九栄・十倉・十余一・十余二・十余三と郷土史にあります。
また私の市北部では公爵家の名前から「たなか」と呼ばれいる所もあります。
有名人:サンプラザ中野ですよ。
宗教学的ヒント:東方センヨウの地です。

