2008年05月11日
クレームとクレーマー
顧客からの苦情や要望の事。
しかし、このクレームを処理する現場では年々人材が減っていると言う。
その訳はクレームである顧客の会話である。
もっとも過激な会話は「もうあんたのところの物かわない。死ねっ!この野郎」という客がいるのが非常に多い。
「なんとかならんの?」というのは優しいほうである。
特に前者は脅迫に近い。
そしてクレーマーと呼ばれる人が急増しているのだが、最近は当り屋に似ている。
なんだかんだ文句をつけて、店員から自分の性だと言われたら突然キレだす人がいるようだ。
また、適切な順序があるのにそれを無視して怒鳴り散らすだけ怒鳴っている人も多いと聞く。
これからは客としてのルールも作らないとダメな世の中になっている。
そして中で主婦層が私生活のストレス発散の場にしている人もいるから呆れてしまう。
お店や企業だけの問題だけではない。
公共のばでもとんでもない奴がいる。
たいした用も無いのに救急車を呼ぶ人。怪我でも事故でも家事でも急病でもないのにリムジンのような
使い方である。
また、警察も110番の電話で困惑しているのだ。
この公共の場でこの様な行為を行えば本当に必要な人は命の危険を曝す事となる。
事実、この用無しの電話の為に、到着が遅れて死亡する人がでているのだ。
自分が満たされれば他の人が死のうが構わないと言う事か。
最早、救急や事件で呼ぶ時は自分が助かるのは五分五分と言う事を心がけた方がいい。
でも何度も用無しで電話をかけている人が、本当に必要な時に来てもらえないと言う事でもあるのだが、
本人は気付いていないだろう。
なぜならそう言う人を「狼少年的な行為であって、誰からも信じてもらえない哀れな人」だからである。
本当に命の危険でも合わない限り、それに気付く事ができないだろう。
人生を失敗しない人は?
人生を失敗しない人は
人生に挑戦しない人である。
こんな名言があるが、現代社会の今を問うている気がする。
企業での不祥事で謝罪会見を見ているが、結果も出ていないまま、二度三度と会見している。
企業はエリート集団の塊であるがゆえに不祥事を起こすと立ち直りが非常に遅い。しかし経営人の中に
倒産や事業撤退など失敗した事のある人材がいたら、それなりの対処をする事が出来たであろう。
しかし、厄介なのが内部告発である。正に爆弾だ。
やってはいけない事を、内々で穏便にすます企業は失敗を恐れている証拠である。
と言う事は、法律上違法とされる事をしているのだ。
こう言う企業は内部告発をしなければ、経営者本人すら気付かない失敗を暴く事が出来ない。
中にはその責任を部下に擦り付ける行為も腹立たしいものを感じてしまう。
よく風俗店で摘発する記事を目にするが、私が思うには事件を起こす風俗店よりも悪質な企業が一般企業の中に潜んでる。
その時の失敗からのがれ、その時の責任を他人に擦り付けても、それらに立ち向かわない限り、その日とは同じ過ちを犯すに違いない。
その時にはもう手遅れである。
ある統計で事業などに失敗しまた同じ失敗した人で、1度目よりも2度目の失敗が大きいかったと言う人が80%もいる。
その2度目の時に失敗した原因は「また誰かに責任を取らせて自分はとんずらしようと思ったが、その思惑が部下にバレて退陣せざるを得なかった」と言う人たちだった。
それだけ今の企業の目論見は更なる企業の拡大構想を中心にそこで働くサラリーマンたち人は徐々に
人件費を削る事をやって成長している。
しかし、株式市場は結構冷たいもので、世界ではこの日本にあまり良い金を送り込まない。
この国の努力源と舵取りを企業と政府、そして行政が行っているが、100%激甘な見通し計画を行って
罪も無い国民に対して鉄槌を打ち付ける。
今後やってくる、総選挙では政府にとって太刀打ちできない程の厳しい結果となるだろう。
都合の悪い調査結果や国民が知るべき調査結果は棚に上げ、うやむやにする政府の戦術。
そして、なんだか力が今一歩の野党では、この国を守り、良い政策は望めないだろう。
政府は悪事を働く企業を含めた大手企業には優しく、中小企業には処刑並みの仕打ちをさせているのに
のんきに「それはその企業のやり方が悪い」と決め付けて、何の対処も無いままにしている。
子供たちも国政と家族の被害者である。
それらを知らないと言う事自体、この上ない絶望である。
失敗は成功の元と言う
失敗しなければその失敗したプロセスすら知らないのだから、いきなり成功したときの方が危険と言う事だ。
例えば、料理で味見をしながら作ったのと、味見なしで作ったのを比べるようなものである。
失敗をしないのは成功が当然と考える愚か者である。
失敗をしてもその失敗に果敢に挑む人は長続きする真の成功を掴む事ができるひとである。
成功だけが全てではない。

